突然ですが、15年前の神戸東灘区の写真を見て頂きたいと思います。
![森温泉sinsai4[2].jpg](https://furoikoka.up.seesaa.net/image/BFB9B2B9C0F4sinsai45B25D-thumbnail2.jpg)
今回、ご協力頂いた森温泉さんもその中にありました。
これがそのときの写真です。
![森温泉sinsai1[1].jpg](https://furoikoka.up.seesaa.net/image/BFB9B2B9C0F4sinsai15B15D-thumbnail2.jpg)
崩れる町の中で、森温泉さんは機械室だけが残されました。
今からは想像できない姿です。
ここから現在に至るまでの道のりがどれだけのものだったか。
臨時で公園にお風呂を作り、その後、営業を再開し
ずっと町を支えてこられました。
どこの誰か知らないけれど銭湯で会うだけ、という間柄があります。
その名前も知らない人同士が再開後の森温泉で、
ただ相手の無事を知って喜ぶ、そんな光景が当時見られたそうです。
深刻さは変わっても、現在も同じことがお風呂屋さんでは繰り返されます。
女性A「奥さん、今日はちょっと遅いんちゃう?」
女性B「そやねん、ちょっとお出かけしててん。」
女性A「ああ、そう。そらよかったねぇ。」
以前、たまたま聞いた常連さんの会話です。
相手の変化を感じとり、気にかけ、問いかける。
なんでもなかったら、あっそうと切り上げる。
お風呂屋さんは、日々の再会の場なんですね。
困難の中にあっても、その場を提供し続けてこられた森温泉さん。
ご家族の優しさと底力でお湯が沸かされています。
これは入らないと!
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そういう意味でも、銭湯って町の社交場ですね。
この温もりある空間、町の銭湯を守らなければ!